彼女と歩くのは
「私、歩くの好きだから」
そう言う彼女は、実際によく歩く人だった。三十分かかる名古屋駅までの
道のりをいつも楽しそうに歩いて、僕もそれによく付き合わされた。途中
にあるファミリーマートで、夏にはアイス、冬には肉まんをジャンケンして
勝った方が二人分買うルールだった。
だけど、今日はファミリーマートが見えても二人、何も言わず、素通りす
る。僕の横を歩く彼女はいつも通り楽しそうで、僕は、これが最後だなんて
信じられなかった。
「東京の大学に行くから」
だから、ごめんね。そう告げた彼女の目には迷いがなくて、僕の入る隙間
はもう残されていないのだとその時初めて悟った。
いつから、どうして、そんな言葉は声にならずに飲み込んで、僕は結局「
わかった」とだけ小さく呟いた。
スーツケースをひく彼女はいつもと同じ歩幅で歩く。僕が歩くペースを
彼女にあわせるのは、これで最後になる。
やがて駅に着いて時計台の前で彼女が立ち止まった。
「圭ちゃん、ここまででいいよ」
振り返ってそういう彼女に僕はなんと返せばいいのか分からなくて、黙り
こんだ。
これで、最後。
彼女とはもう会わない。
なら、最後の言葉は、
「「ありがとうね」」
声が重なって、二人で顔を見合せた。それから同時に吹き出して笑う。
笑いながら、涙を滲ませた彼女の顔を、僕は生涯忘れないだろうとな
ぜだかそう思った。
ありがとう、さよなら。
小さくなっていく彼女の背中が、少しだけ滲んでゆれた。
作品の短評
オケ太郎
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