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佳作

最後に、あなたへ

作:いもてん

「みたらし一本、いえ、二本下さい」
香ばしい醤油の匂いに引き寄せられ、私は懐かしい店先に立つ。この店を訪れるのは三年ぶりだ。
あの頃、祖母はまだ元気だった。大本命の企業から内定を貰ったものの、彼氏と遠距離恋愛になる
ことが怖くなり悩んでいた私に、焼き立ての団子を手渡しながら祖母はこう言った。
『なんでもやってみることだよ』
そして悪戯っぽい顔で、
『もし今の彼氏と駄目になっても、ばあちゃんがもっといい男見つけてあげるから』
『私達、好み似てるもんね』
それだけが理由ではないけれど、私は東京へ行き、やりたかった仕事に就き、やっぱり彼氏とは別れることになった。けれど、祖母が新しい彼氏を紹介してくれることは、もう無い。
「焼き立てで熱いので、お気をつけて」
団子を受け取り店の脇に立つ。大きな赤提灯に染め抜かれた大須の文字が、不意に揺らめいた。
もっと会っておけばよかった。仕事が忙しいとか、コロナだからとか言い訳していないで、もっ
と実家に帰っておけば。
「あのう」
鼻を啜った時、遠慮がちな声がした。顔を上げると、私と同じ年位と思われる男性が立っている。
「もしかして、永野富美子さんのお孫さんではないですか」
新手のナンパかと身構えたが、それは確かに祖母の名前だ。私が頷くと、彼は嬉しそうな顔をした。
「やっぱり!いやその、実はですね」
彼の差し出してきたスマホを覗き込む。そこに写っているのはこの団子屋の店先で仲睦まじく肩を寄せ合う、祖母と、見知らぬ老人。
「これ、俺のじいちゃんなんです。ひと月前に癌で死んじゃったんですけど、最後に富美子さんに言付けたいって」
私はぽかんとする。
「私の祖母も、先月亡くなりました、癌で」
「え?」
彼は、写真の中の祖父にそっくりの目を丸くする。
「えーと、じゃあ」
「良かったらお団子、食べますか」
私は、つい二本買ってしまったお団子の一本を差し出す。

最後に、あなたへ