待ち人来たらず
あと5分。7時10分まで待ってみよう。
短気は損気っていうじゃないか。既に55分待ったんだ。あと5分待てなくてどうする。
約束した時間は6時半。待ち合わせ場所に着いたのが、その20分前だった。それだけ、今夜は重要案件というわけだ。緊張のあまり、スマホは会社に忘れてきてしまった。
ついに人混みに彼女を見つけ、安堵と共に手を振った。だけど、彼女はぼくの前を素通りして行く。人違いだった。
ポケットの中の小箱を握りしめ、ぼくは銀の時計に背を向けて足早に歩き始めた。
名古屋駅の待ち合わせ場所といえば、銀の時計と金の時計だ。銀の時計は中央コンコースの太閤通口側、金の時計は反対側の桜通口側にある。コンコースの端と端で向かい合う二つの時計は、まるで、ぼくと彼女のようだった。だから、今夜は銀の時計で待ち合わせて、金の時計に向かって二人で歩き、コンコースの真ん中に来たらプロポーズするつもりでいた。でも、縁がなかったんだ。幼馴染で長い付き合いだったけれど。
「もう、名古屋時間なんだから!」夕方の雑踏の中、彼女がコンコースを駆けて来る。「名駅の時計と言ったから、ずっと金時計の前で待っていたのに。もうすぐ7時15分だよ」
彼女は金時計の方を指差し、ぼくは驚きながら答えた。「いや、銀時計だよ」
「えっ? 待ち合わせって言ったら、金時計でしょ」彼女はそう言ってから、笑い出した。「わかった、悪友たちと太閤通口の居酒屋に行く待ち合わせに使っているから、銀時計なんだ。これからは、ちゃんと金か銀か言ってよね」
「プラチナだよ」
今度は、彼女が驚く番だった。
今、二人がいる場所はコンコースの真ん中の券売機だ。
ぼくは、人生のレールを走る結婚という名の列車の切符を買うために、ポケットからプラチナの指輪の入った小箱を取り出した。
作品の短評
オケ太郎
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