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父と大須

作:森野 浩

 長く続く商店街とアーケード、どこか懐かしい昭和の風情と多国籍な店の数々、そしてメイド喫茶にパソコンショップなど雑多なものを飲み込んで見事に調和させている街、そんな大須が僕は好きだ。
 「明日は大須に行くから一緒に飲まないか」というメールが父からあったのは昨日のことだ。僕はいま待ち合わせ場所の大須観音に向かって歩いている。
 父は小さな町工場の課長をしていた。と言っても従業員は10名ほどしかいなかったので現場の班長と言った方がしっくりくる。毎日残業してくる父の作業着は、真っ黒で母が洗濯しながら『汚れが落ちんわ、でも感謝せなあかんね、働いたあかしだから』とよく言っていた。そんな母は僕が高校生のとき癌で死んだ。体調不良で検査をしてステージ4と診断されてから半年後だった。
 しばらく落ち込んでいた父を救ったのは友達に誘われて行った大須演芸場だった。笑いが父の心を癒したのか、だんだん元気になっていった。「母さんの分まで楽しく生きる」この頃の父の口癖だ。
 僕が結婚してから、父は共稼ぎだった僕たちの子育てをよく手伝ってくれた。妻もそのときのことを感謝しているし、高校生の娘は『じいじ』が大好きだ。2人で大須に行くこともあるらしい。
 約束より早く着いたが境内に父がいた。暑さのためか緑色のキャップをかぶり、手に持ったトートバッグから団扇の先がのぞいていた。何かいつもと違うそう思ったとき、
 「じつは◯◯というアイドルのライブに行ってきたんだわ」と照れくさそうに父が言った。◯◯は大須のご当地アイドルグループだ。娘の部屋にポスターがある。緑色は娘のおしだ。2人でたまに大須に行っていた……。思考はめぐるが言葉はでない、大須が68歳のオタクを生み出した。そして父は確かに楽しく生きている。

父と大須